佐久間 長利(さくま ながとし)は、江戸時代中期の旗本、俳人。柳居と号する。『五色墨』運動の中心的人物。
来歴
父は幕府御家人だった佐久間長恒、母は小川長左衛門某の娘。
享保中頃まで水間沾徳・沾州に繋がる俳人として活躍し、沾徳追善集『白字録』編集に協力した沾州門の重鎮だった。1731年(享保16年)『五色墨』刊行後は稲津祇空と親密になり、沾州から離脱し、祇空の死後は太田巴静・横井也有らと交流し、やがて中川乙由を信奉して乙由門下として活躍する。1740年(元文5年)尾張獅子門俳人と親交を結び、同年冬には門人の秋瓜と筑波周辺を旅行して蕪村と交流。
1741年(寛保元年)に養子の長孝が小十人に列した後、俳諧活動に専念した。1748年(延享5年)63歳で没する。墓所は浅草の東国寺。
門人
- 加藤巻阿
- 越谷吾山
- 作田東睡
- 蓑笠庵梨一
- 白井鳥酔
- 多少庵秋瓜
- 横田柳几
脚注
参考文献
- 『寛政重修諸家譜』巻第千三百四十七「佐久間」(国会図書館デジタルコレクション:国民図書版第8輯)




